2005/12/19

カスタマーレビュー


ちょっと前のことになるんですが、いままで使っていた掃除機がすぐコケるのに頭に来て、衝動的に新しい掃除機をamazonで買ったんですけどもね。
エレクトロラックス社のicuteっていう。←これなんですけども。
これ今は7,800円になってますが、アタイが買った頃は9,800円だったんです。
カスタマーレビューでも「コケない」とか「カワイイ」とか「使いやすい」とか評判は上々、いつもペットフードを買う某楽天ショップでも販売してて、この価格でペットの毛もドンドン吸い込む!って絶賛してたしで、期待いっぱいだったんですけども。
使ってみれば大後悔。

☆☆☆☆☆ 金を返せ
レビュアー:A子
コケないっていうのは、本体とホースの接続部が360度回転するかららしいんですが、本当は本体が重いからです。自分のコードすらもおもっきし引っ張ってやんないと踏み越えられないほど重い。このコードも国産の標準的な掃除機のコードの8〜9割くらいの長さしかないため、今まで届いてたところに届きません。
さらにヘッドがごつすぎる上、上下左右の可動が無しに等しいので、低いすきまなんか奥まで行かなくともヘッドがまるで上に浮いてしまう。すみっこもまったく吸いません。
ヘッドについているブラシはなんの配慮もない昔ながらの硬い毛で、フローリングとの摩擦でイヤな音を出します。
さらにさらに、「腰を曲げずに足下で操作ができて体に負担をかけない親切設計な北欧スタイルのON/OFFペダル」とありますが、こんな堅いスイッチを足指で押せるとは北欧の人間は日課で足指相撲でもやってるのか。しかもヘッドならともかく本体にあるスイッチを足で操作ってやってみたら行儀悪すぎる光景です。したがって腰を曲げることになります。
そしてパワー調整はホース中間にフタをスライドさせる穴がありまして、その穴の大きさで吸引力を加減するという原始っぷり。使ったことありません。
確かに吸引力は悪くないんですが、使ってくうちにすぐに吸い込みが悪くなります。これは集塵紙パックのせいかと。うちには猫が2匹いるので、人間だけが住んでいる家よりも確かに塵は多いと思いますがそれにしても早すぎる。集まった塵が排気をふさぐ方へ固まって行くのでしょう。

総合して、悪いのは比較検討しなかったこのアタイ。
なので我慢して使っておりますが、日々使うものだけは慎重に買い物しようと改めて心に決めました。

あ、でも我がの弱点を知ってか、ヘッドとホースが外しやすい点は褒めてやりたい。でえええい吸い残しが!となってもスポっササッとできます。
排気を考慮したHEPAフィルターですし、部屋ひとつとか、小規模な事務所とか、いわゆるサブ的に使うのであれば問題ないかもしれません。が、使い勝手が価格に見合っているとも思えないので、☆ひとつもなしです。


と、使いながらこんなことが頭の中でぐるぐるとトグロ巻いてます。

2005/12/16

くろ~~じょあい

夏に呉の大和博物館に行ってきましたが、すんごい人でした。
でも大和模型よりも大和資料コーナーの資料映像(そのときは神風特攻隊)を食い入るように観ている人が多いのが印象的でした。アタイもすみっこで目頭をおさえておりました。
で、必ずいるのよ。模型の前で「波動砲がない」とか言うやつが。

さて、いよいよ明日から公開の『男たちの大和』。
観ておきたいような気もするんですが、テーマ曲を歌う人を知った時点でどんな映画かわかったようなもんなんで、もぉいいかなあとか思ったり。
キャスティングもなぁ…

2005/12/09

せたがや・しんまち・三の五一番地

こないだ近くの結構大きめの本屋で
若い女の店員(キャイ〜ン天野似)に
「サザエさんの文庫版ないですか」と聞いたらば
「はい、少々お待ちください」と手元を片付けながら考えたらしく、
「あのー。文で書いたものですかね?」
と字を追うように指を上下させるもんだから、
その空に描いた「小説サザエさん」を払い消すかのごとく
手をシャッシャと振りながら「いえいえ、漫画で」と答えたが
それでもいぶかしげに「少々お待ちください…」と逃げて行った。
で、結果なかったんで古本屋で数冊買ったら一冊200円で大喜び。

しかし、文庫と聞いてサザエさんを文章で書いた本て
どんな本だこのボケと最初は思ったが
考えてみりゃ「サザエさん」は文章に書き起こしても
けっこう面白い。
お気に入りページで「サザエさんの悲劇」という本を
紹介しようと思っているが、そこではそういうことを
書きたいと考えていたのであった。
そう、全編、字ばっかりの「サザエさん」でも、
あの面白さは損なわないであろう。
買わないがな。

2005/12/07

タダ見のドラマで考える

先週土曜日の山田太一ドラマ「終わりに見た街」。
土曜ワイド劇場の枠なんて観たのは何十年ぶりだったが、平成17年から昭和19年にタイムスリップという設定に惹かれて観てみたらば、すばらしいバッドエンド。

ようするに現代人を入り込ませることによって、戦争の犠牲になっているはずの大衆が狂気的な戦争ムードにある異常さをより鮮明に浮き立たせ、反戦メッセージを伝えようってなドラマだな?と思いながら、いちいち生意気なつっこみをしつつ(たとえば将校役の柳葉敏郎が平成からタイムスリップしてきた不審な一軒家に向かって、隊に一斉射撃を行わせる場面で「昭和19年ったらもうこんな弾の無駄遣いはできなかったはずで」とかね。あー知ったか。やだやだ)観ていたら、中井貴一率いる平成家族が食うのに困ったあげく、戦下の東京の暮らしに無理矢理なじむことにしたあたりから、どんどん引き込まれてしまった。素直に、自分だったら…と置き換えてみたりした。その時代にいるはずのない人間がそこで生活をしていくなら必ず行き当たる、戸籍という問題にちゃんと時間を割いていたからかもしれない。

それでも勝手に途中途中に伏線を見いだして生温かいラストを予想していたのに、ラスト直前でそれらが全部ぶっ壊されて、えー、どうすんのーと思ってたら、観てる側の者まで巻き込んだ(意味として)救いのないエンディング。ちょっと説教くささも感じるが、面白かった。

特別出演陣も柄本明、津川雅彦、小林桂樹、遠藤憲一など豪華だ。

ラストからしてこれは絶対に反戦ドラマなんだと思うが、どうもいまだにわからないところがある。
中井家族とは別個にタイムスリップしたのち一家と生活をともにする、中井の親友の柳沢慎吾親子がいるのだが、この息子の意味だ。
彼は平和な現代に多い無気力無関心な15歳の少年という立場で、登校拒否のひきこもり、ふてぶてしく礼儀も知らず、なにもかもにウンザリしている様子を人に見せつけるイヤな子どもだ。
タイムスリップしてのちも同じ調子だったが、ふた家族がひとつの家に落ち着いてしばらくして突然出て行き、終盤になってひょっこり戻ってくる。以前とは打って変わって、いずまいを正し膝をついて父親に心配をかけたことを詫びながら、軍需工場で働いていたこと、そこでは国を想う気持ちがあれば氏素性を問わず誰でも雇ってくれる、がんばれば正当に評価されることを、まるで一兵士のように慇懃に申し述べるので、父親をはじめ皆は圧倒されるのである(このギャップを際立たせるため少年役の窪塚弟はこれ以前のシーンには一言も台詞がない)。
その前のエピソードとして、中井柳沢は間もなく起こる東京大空襲を、対象となる地域の家々に知らせるために、勤めを休んでビラを配ったが虚しくも空振りとなりそうであった。それを少年は「皆国のために戦っているのにあなたがたはなんですか」と揶揄するのである。すると中井の長女までもが「お父さんたちは口をそろえて『こんな戦争、ばかげた戦争』という。みんな命を賭けているのに」と同調する。
これはつまり、なんとなく生きていただけの若い世代だからこそ、簡単に洗脳されたのだと見ていいのか。
それとも戦時の日本にアイデンティティを見いだし、他のために犠牲になる精神を養われたということなのか。パッと見、前者のようだが、オロオロと諭そうとする大人たちを毅然とはね返した「わたしたちはいまを生きてるのよ」という子どもたちの台詞には後者を感じる。
としてもそれを是としているようにも見えず、近頃の風潮を踏まえてか、むしろ危険だとでも言いたげではあったのだが。いったいどういう意図でこのシーンからラストへの流れになるのだろうか。

う〜ん。生命が危うい状態に置かれないと生きる意味がわからないというのも情けないがなあ。なんとなくそれもわかるし、人間って誇りがあるとないとでずいぶん違うんだなあとか、色々考えさせられてしまった。